名前って、本人は判断能力がつかない間に決まることですから、「つけたい名前」と、「つけられた側(子ども)の立場」というのを、十分に考えるべきだと思います。親の『つけたい』の暴走は、エゴだと思う。

最近、よく聞くキラキラネームに関する以下の記事を読みました。気になったところの引用です。

自民党総裁の安倍晋三さんが先日、東京都内の講演でこう述べた。「キラキラネームをつけられた多く(の子供)はいじめられている。ペットではないのだから、そういう親も指導しなければいけない」(16日読売新聞)▼まるで「いじめられるような名前は付けるな」と言わんばかり。違うだろう。「いじめる側」が悪いに決まっている。
キラキラネーム−北海道新聞[卓上四季]

まぁ、正直、安倍さんをDisりたい気持ちがニジミ出ている感じですが、何を言っているのだろうか?と思いました。『「いじめる側」が悪い』というのは、当然ですが、滋賀県大津市の『いじめ事件』などで考えたことから照らし合わせると…。

  • 世の中には名前が変わっているということを理由に、いじめをする人間がいる。

というのは、前提として考えないといけないように思えます。いじめる側が悪い、だけど、名前も原因となって実際にいじめが起きている、それらを踏まえて、名前は決めるべきなんだと思います。例えば、私は、名前の音の中にTとKが入るってだけで、『タコ』って言われ続けましたし…。

勿論、子どもの名前は、親が自由に考えてよいと思いますが、もしも、『変わった名前』で、子どもが傷付いた時に、前向きになれる言葉、思いなどは、持っておいた方が良いとおもいます。

『「いじめる側」が悪い』けど、いじめの理由に『名前』が加わることをなくすのは、難しいと思います。